3月の寒さ
3月も春分を過ぎましたが、朝早くには気温が1℃や2℃、畑に霜が降りるなど寒さが続いています。
作付けたズッキーニやケールの苗、まだ小さなかぶなどが凍害にあって、葉が黄色く縮れたり、枯れてしまったりが続きました。僕は、1月2月は寒さの中でも作付けできるように被覆資材(不織布、ビニールトンネルなど)は積極的に使っていますが、朝晩は寒いのでかけて、日中暑くて外すなどをしていると、それだけで半日が過ぎてしまったりします。加えて最近では毎日のように嵐のような風で被覆資材が飛んでしまったりします。追い討ちをかけるように、鳥たちが野菜をたくさん食べてしまう(虫たちがまだ少ないからか)ので、防除に思った以上の時間がかかったり。特に4月から期待をしているスナップエンドウやグリーンピースの新芽をズタズタに食べられてしまいました。こういったことが続くと精神的にも追い詰められて参ってしまいます。
僕のような小さな農業で、化学肥料や農薬を使用せずに、虫たちも一緒にたくさんいるような土壌では、気候に収穫量がかなり影響を受けることを今身にしみて感じております。最近、慣行農家さんとお話したり、圃場を見せてもらう機会もありますが、作付けてからの成長スピードや大きさなどは圧倒的に違いますし、寒さの中でも生育に影響を受けにくいということを観察すると、やっぱり化学的な農業というのはすごいなと改めて感じます。多くの人が成功するようにできて、多くの人が食べられるようにできる農業というのは、また今日なくてはならないものだと思います。有機農業と慣行農業では、収量や野菜が取れる時期も全く変わる。多くの人がスタンダードな農業に生かされているのは紛れもない事実。改めて僕はなぜこのような農業に取り組むのかを自問自答します。
気を紛らわすように、夜中に宮沢賢治の作品などを朗読で聞いたりするのですが、賢治の作品には農業のことがたくさん書かれていて、昔の農業がいかに気候に左右されていたかを想像させてくれます。寒さが異常に長く続く年があったり、日照り続きがあったり、作物が病気で取れなかったり、飢饉や災害になったり。食べるということが、生きることに直結し、日々の糧が人々の精神に大きく影響したということが痛いほど窺い知れます。この時代に生きて僕が農業を選択し、さらにどのような農業を選ぶか選択肢が有り余るほどあるということは、本当に奇跡のような時代なんだろうなと思わせてもらえます。
さあ、頑張るぞ。明日からも蒔けるタネをまき、観察し、できることをやるだけ。
2024/3/23 Kosuke Kumaoka
写真は、鳥よけ防除、ズッキーニの元気な苗、枯れてしまった苗です。